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交通事故の損害額の算定について~人身損害編

前回は、交通事故のうち物損についてお話しました。

 

今回は、人身損害(以下「人損」)についてお話します。

 

損害の内訳

 

人損の内訳としては以下のものが考えられます。

 

1 治療費

2 通院交通費

3 付添費

4 入院雑費

5 文書料

6 休業損害

7 入通院慰謝料

8 後遺障害慰謝料

9 逸失利益

 

たくさんありますね。

 

このほかにも既往症との関係や素因減額といったものを考慮しておく必要があります。

 

1 治療費について

1の治療費は、多くの場合は加害者側の保険会社が直接医療機関に支払っていることが多いと思います。

 

ただ、一定の期間経過後は「治療」ではない、として医療機関に支払うべき費用の支払いを打ち切ることがあります。

 

これは「症状固定」という考え方が関係しています。

 

簡単にいえば、「治療」とは症状を改善させるためのものであり、症状が一進一退を繰り返しているような状況においてはもはや「治療」とはいえない、というものです。

 

そうすると症状固定後の通院に要した費用は「治療のための費用」ではないとして、損害の賠償義務を負わない、というものです。

 

「治療」(=症状はまだ固定されていない)といえるかどうかは、事故からの経過期間や治療内容、患者の言動などから判断されているようです。

多くの事案では主治医から後遺障害診断書を取り付け、そこに「症状固定日」と記載されている日までの治療を、治療行為と考えます。

 

ただ、加害者側の保険会社としては、後遺障害診断書の記載ではなくカルテの記載内容から「治療」といえるかどうかを判断することがあり、その場合には、いつまでの通院が「治療」といえるのか熾烈な争いになることがあります。

 

これが熾烈な争いになるのは、通院慰謝料を算定するにあたって「通院期間」が指標とされているからです。

 

通院期間が長くなればなるほど通院慰謝料は高額になります。

 

そのため、「治療」といえない期間に生じた医療機関への支払いを損害として認めることは、その日までの通院慰謝料に影響を与えることになるのです。

 

これらの争いを防ぐためには、ご自身の体の症状についてできるだけ詳細かつ正確に医師に伝え、カルテに記載してもらうことが重要となります。

 

2 通院交通費

 

医療機関への通院のために必要となった費用のことです。

 

タクシーを使用した場合はレシートを保管しておいてください。

公共交通機関を使用した場合はレシートが発行されないことがありますので、ご自身でノートなどにまとめておくといいでしょう。

自家用車で通院したという場合、1kmあたり15円の交通費として計算されることが多いです。

駐車料金がかかったという場合、レシートを忘れないようにしましょう。

 

3 付添費

 

通院しているのが幼かったり高齢者など、家族の付添が必要であるような場合、被害者に生じた損害として付添費を請求できます。

裁判所基準ですと、1日につき3300円です。

事情に応じて増額を考慮することがあるとされていますので、この3300円は最低基準と考えてもいいかと思います。

 

また、通院をした日でなくても、高度の後遺障害があり自宅内での付添が必要であったという場合にも請求が認められることがあります。

 

4 入院雑費

 

入院1日につき1500円とされます。

そのほか、おむつ代など実費が加算されることがあります。

 

5 文書料

 

診断書などの費用を請求できます。

後遺障害診断書取得のための費用は、後遺障害と認定される場合は請求できます。

後遺障害と認定されない場合は、損害として認定されないことがあります。

 

6 休業損害

 

症状固定日までの通院等のために有給休暇を使用したというような場合、休業損害を請求できます。

勤めている場合は休業損害証明書をもらってほしい、と言われると思います。

 

良くある勘違いとしては、主婦は休業損害を請求できないのでは、というものです。

主婦であってもその間、家事労働ができなかったと認められれば請求できます。

また、1日の日当は平均賃金センサスから計算されます。

近年の女性平均賃金センサスでは年収370万円ぐらいなので家事労働者の日当は1万円を超えます。

 

また、主婦兼パート労働者の場合、パートでの収入が賃金センサスより低い場合は賃金センサスでの請求をすることができる場合があります。

示談案が提示されたときは、欠勤した時給部分だけの提示になっていないか確認してみましょう。

 

後遺障害が認定されるような場合、症状固定日までの家事労働の損害について、事故から〇日までは〇%、その後の〇日は〇%、その後は〇%・・・というように段階的に算出されることもあります。

 

自営業者の場合、確定申告書の所得がベースとなりますが、固定費などを別途勘案されることがあります。

また、収入ー経費=所得という計算のなかで、経費でないものを経費に計上してしまっていたような場合、本来の所得での計算が可能な場合があります。

 

7 入通院慰謝料

 

入通院の期間を基礎として算出されます。

他覚的所見(画像所見や神経学的所見など)がある場合とない場合とでは慰謝料の基準が異なります。

 

また、打撲など傷害の程度が軽微な場合も慰謝料の基準が異なります。

 

通院期間を基礎として算出されますが、傷害の内容に照らして通院期間が著しく長期になっていたり不定期の場合、実治療日数の3・5倍程度の日数をもって、慰謝料を算出することがあります。

 

 

8 後遺障害慰謝料

 

後遺障害と認定された場合、その等級に応じて慰謝料額が変わります。

14級 110万円

13級 180万円

12級 290万円

11級 420万円

10級 550万円

9級  690万円

8級  830万円

7級  1000万円

6級  1180万円

5級  1400万円

4級  1670万円

3級  1990万円

2級  2370万円

1級  2800万円

 

後遺障害が複数ある場合は併合されて1級~3級繰り上げられる場合があります。

 

弁護士を介入させない場合、保険会社は保険会社の基準で提示してきますので、上記の裁判所基準額を参考にしてみてください。

 

9 逸失利益

 

民法改正により最も影響がある点のひとつが逸失利益です。

逸失利益というのは、事故により得られるはずの利益を失ったことに対する賠償を求めるものです。

 

将来得られるはずの利益という将来のことを予測した賠償を求めるものなので、多分にフィクションがあります。

 

逸失利益の計算は次のとおりです。

 

基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間のライプニッツ係数

 

基礎収入というのは年収のことです。

自営業者の場合には、確定申告書がベースとなりますが休業損害のところでお話したように経費に関連して実際の所得額を算出して計算する必要がある場合があります。

確定申告をしていなかったとしても、事故前の収入と経費を立証できる資料があれば請求することが可能です。

また、主婦や兼業主婦の場合、賃金センサスで計算することがあります。

 

労働能力喪失率というのは後遺障害等級ごとに一定の割合があり、これを基準とします。

具体的な状況・症状により増減されることがあります。

14級では5%、12級では14%というようになります。

 

労働能力喪失期間は、症状固定日から67歳までの期間が基準とされます。

ただ67歳までというのは相当昔の平均余命を基礎とされているという話もあり超高齢化社会の現代において適正なのかは極めて疑問です。

症状固定日が30歳だとすると67歳までの27年間が労働能力喪失期間とされます。

しかし将来得られる収入を、現時点で一括での支払いを求めるためそのまま請求するのではなく中間利息を控除するという考えになります。

簡単にいうと現時点でお金をもらうことは、それを運用することで将来の時点で本来得られるはずだった利益よりも大きな利益を得ることになるので、その増額分は控除しましょう、というものです。

その計算としてライプニッツ係数が使用されることが多いです。

例えば毎年得られるはずの利益10年分をいま一括でもらった場合の利益は7.7217年として計算されます(年利5%の場合・年金原価法)。

注意するべき点としては「年利5%の場合」という部分です。

これは不法行為に基づく損害賠償請求権の民事法定利率が5%であったので年利5%のライプニッツ係数を使用するものです。

ただ、令和2年4月1日から改正民法が施行となり民事法定利率は現在は3%と変更されました。

そうなるとどうなるかというと、交通事故の発生日がこれ以降である場合、逸失利益は運用利益が少なくなるのでライプニッツ係数は上昇します。

10年間の労働労能力喪失期間の3%のライプニッツ係数は、8.5302となるのです。

したがって改正法適用後の逸失利益も上昇しますから、事故発生日がいつなのかを確認することが重要となります。

 

交通事故に遭いたくて遭う人はいない(と思います)ので、改正前後での影響を検討してもあまり実益はありませんが、具体的にみてみます。

 

年収300万円

労働能力喪失率5%(後遺障害等級14級相当)

労働能力喪失期間10年

 

 

年利5%の場合

年収300万円×労働能力喪失率5%×7.7217(10年)=115万8255円

年利3%の場合

年収300万円×労働能力喪失率5%×8.5302(10年)=127万9530円

 

となり差額は12万1275円となりますので改正後の請求額のほうが高くなります。

 

その一方、遅延損害金(事故日以降支払日までに発生する遅延損害金)も年利5%から年利3%に下がるため、全体としての賠償額がどの程度変更になったのかは事案の解決の方法によって差が出てくる可能性があります。

 

例えば、上記の例でいえば改正前は115万8255円について事故日から支払済みまで年5%の金利がついていますので、支払日が4年後の場合、遅延損害金を含めた総額は138万9906円となります。

一方、改正後は127万9530円について年3%の金利ですから、支払日が4年後の場合、遅延損害金を含めた総額は143万3073円となります。

そうすると差額は4万3167円になります。

 

つまり改正前後でみると、請求元金だけでみれば12万1275円もの差が生じたのに遅延損害金を考慮すると4万3167円の差まで縮まってしまうのです。

 

ちなみにこの事例では7年後だと、年利5%では156万3644円に対し年利3%では154万8231円なので、遅延損害金を含めて考えると、改正後のほうが貰える金額が少なくなるのです。

 

とはいえ、事故日からこれほど後にやっと支払いがなされるという事例はほとんどありませんし、改正前後の事故日によって差が生じる点について何かできるというわけでもありませんので上記の例についてはそういうものかという程度でご理解いただければと思います。

 

 

10 既往症との調整

 

事故の前から障がいがあったという場合、今回の事故によって生じた損害をどのように算定するのか、という問題があります。

 

例えばもともと14級の後遺障害あったが事故によって12級になったという場合、14級と12級の差額の請求となります。

 

ただ、14級の部位や症状と異なる部位や症状が発現したというような場合には、もともと存在しなかった障がいが新たに発生したものとして全額を請求することができる場合があります。

 

同一部位に生じた(悪化した)障がいなのか否かは医学的知見が重要です。

 

11 素因減額

 

既往症との調整と似たようなものとして素因減額というものがあります。

これは損害の拡大に被害者側の事情が寄与しているようなときに、その寄与分については損害額から差し引くというものです。

 

例えば、事故前から椎間板の膨隆・突出があったものの神経症状は出ていなかったが、事故によって椎間板の膨隆・突出が強くなり神経症状が発現したというようなときには、もともとあった膨隆・突出が寄与しているとして、損害額から差し引かれることが考えられます。

 

判例では「素因」というのは「疾患」に該当するものをいう旨の判断をしており、平均的な特徴と異なる程度では素因減額しないはずですが、現実的には「疾患」とまではいえなくても素因減額がなされる場合があります。

 

また、身体的な素因だけでなく、心因的な素因が損害の拡大に寄与したというような場合にも、減額される可能性があります。

 

結局は、損害の公平な分担という理念に則り、裁判所が判断するということなのでしょう。

 

 

 

以上のとおり、交通事故は比較的身近な問題ですが考慮するべき事柄が非常に多くあります。

これらをすべて考慮しながら、加害者側の保険会社とご自身のみで交渉を行うことはなかなか大変だと思います。

 

最近では、弁護士費用保険特約が広まり、弁護士費用を保険で賄うことができる場合が多くあります。

 

その特約に入っていれば、弁護士をご自身で選ぶことも可能ですので、交通事故に遭われた方はお早めに弁護士に相談に行ってみてはいかがでしょうか。

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