不倫(不貞行為)の慰謝料
1.不倫の慰謝料
夫婦の一方が第三者と不倫(不貞行為)した場合に、当該第三者はどうして他方配偶者に損害賠償義務・慰謝料を支払う義務を負うのでしょうか。
何を言っているんだ、そんなのは当然のことじゃないか、とお思いの方もおられると思いますが、これが結構奥が深い議論なのです。
裁判実務の結論からすると、下記のとおり、最高裁は慰謝料を支払う義務があると判断しています。
最高裁判所第二小法廷昭和54年3月30日判決 民集第33巻2号303頁
夫婦の一方の配偶者と肉体関係を持つた第三者は、故意又は過失がある限り、右配偶者を誘惑するなどして肉体関係を持つに至らせたかどうか、両名の関係が自然の愛情によつて生じたかどうかにかかわらず、他方の配偶者の夫又は妻としての権利を侵害し、その行為は違法性を帯び、右他方の配偶者の被つた精神上の苦痛を慰謝すべき義務があるというべきである。
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しかし、この判例は、東京高等裁判所が慰謝料の支払い義務はないと判断したことに対して上告審である最高裁が原審の判断を否定したものです。
東京高裁は、「相互の対等な自然の愛情に基づいて生じたものであり、被上告人(注:不倫相手)がD(注:上告人の夫)との肉体関係、同棲等を強いたものでもないのであるから、両名の関係での被上告人の行為はDの妻である上告人A1に対して違法性を帯びるものではない」としていました。
※注部分は当職加筆
つまり、東京高裁の裁判官は、不倫相手は他方配偶者に対して慰謝料を支払う義務はないと判断していたのです。
東京高裁の裁判官はおかしいのかというとそうではありません。
夫婦は相互に法律婚という一種の契約関係にあり、離婚原因のひとつとして不貞行為が掲げられています(民法770条1項1号)。
したがって、不貞行為が一方配偶者の違法行為となるということは自然な理屈です。
しかし、不倫相手は、他方配偶者との間に何の契約関係もありません。
また、性的関係というのは極めてセンシティブであり高度のプライバシー性を持つものであって、人格権のひとつともいえます。
そのため、不倫相手が自然の愛情に基づいて婚姻関係のある者と肉体関係を持ったということが、直ちに、他方配偶者に対する不法行為となるのか、という点が争いになるのです。
近時は、自由な意思で肉体関係を持ったことについて不倫相手に慰謝料請求を認めることは、一方配偶者が他方配偶者の所有物のように扱っていることになるのではないかとか様々な理由から、慰謝料請求権を否定する説も有力になってきています。
その意味では、東京高裁の判断もあながちおかしなものではないのです。
同性婚や事実婚を法で認めないのは違憲かという議論が強まっている中で、最高裁は未だ同性婚や事実婚を法で認めないとしても憲法に違反しないという態度を崩していません。
もっとも、近時、同性パートナーであっても不貞行為として慰謝料請求を認める判決が出ています。
そのため、法律上の地位である「夫又は妻としての権利」だけでなく、より広い概念があるということになります。
後述のように、最高裁も「法的保護に値する利益」という言い回しを付け加えています。
いずれにしても、現在の判例実務に照らす限り、第三者と肉体関係を持つなどして夫婦又はこれと同視できる社会生活上の地位ないしは関係を破壊するような行為は、不法行為になり得るということです。
このように考えると、肉体関係があったとしても、それが「関係を破壊」するものではない、というような場合には、不法行為にはならないということになります。
下級審の中には、いわゆる枕営業であって慰謝料支払い義務はないと判断したものもありますので、肉体関係があったということは通常は「関係を破壊」するものといえても、場合によってはそうではないというものもあるということです。
他方パートナーが不倫相手に対して損害賠償請求をすることが認められるかという点については、社会的価値観により変わってくる可能性が大いにあります。
対等関係にある個人の尊厳という観点からは、今後も判例変更される可能性が大いにある分野のひとつなのです。
2.婚姻関係破綻
さて次に現在の判例実務に則って、不貞行為があっても慰謝料請求が否定される場合についてお話します。
最高裁判所第三小法廷平成8年3月26日判決民集第50巻4号993頁
甲の配偶者乙と第三者丙が肉体関係を持った場合において、甲と乙との婚姻関係がその当時既に破綻していたときは、特段の事情のない限り、丙は、甲に対して不法行為責任を負わないものと解するのが相当である。 けだし、丙が乙と肉体関係を持つことが甲に対する不法行為となるのは、それが甲の婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益を侵害する行為ということができるからであって、甲と乙との婚姻関係が既に破綻していた場合には、原則として、甲にこのような権利又は法的保護に値する利益があるとはいえないからである。
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この判例は、既に婚姻関係が破綻していたときには、特段の事情のない限り、慰謝料支払い義務を負わないとしています。
不貞行為がなぜ不法行為となるのかという点について、「婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益」を侵害する行為であるからという理由付けをしています。
同性パートナーでも内縁関係でも慰謝料請求が認められている裁判例がありますので、法律婚の尊重という観点から、具体的社会生活関係を重視するようになってきていると分析することもできると思われます。
ただ、最高裁はあくまで「婚姻共同生活」については「権利」とし、「法的保護に値する」のは「利益」としており、権利と利益を区別しているようにみえます。
ところで、どのような場合に「婚姻関係が既に破綻していた」といえるのかは具体的事情によりますが、「別居」しているかどうかは非常に大きな考慮要素となります。
ただし、当然ながら別居した理由が重要になります。
単身赴任で別居したとしても婚姻関係が破綻しているとはいえません。
一時的に喧嘩で別居したとしても、その後、夕食は一緒に食べるような関係だったり旅行などは頻繁にいっているような関係であれば、破綻しているとは言い難いでしょう。
別居期間も重要です。
長ければ長いほど破綻しているといえます。
そして別居中の連絡の有無や内容も重要です。
離婚で揉めている方の中には、腹が立ってメールやLINEを削除してしまった方も非常に多くおられました。
具体的なやり取りは非常に重要ですから、腹が立っても削除しないようにしましょう。
夫婦やパートナー関係は、紆余曲折あるものです。
婚姻関係が破綻していたと明確に認められるような事情がないと、このような反論を認めてもらうのは難しいと思われます。
3.離婚に伴う慰謝料
話はかわって、近時、最高裁がとても考えさせられる判決を出しました。
不貞行為があって、その後離婚した男女がおりました。
一方が、不倫相手に対して、離婚したことで精神的苦痛を被ったと慰謝料請求をした事案です。
最高裁は次のように述べて、離婚に伴う慰謝料請求は原則できないとしました。
最高裁判所第三小法廷平成31年2月19日判決民集第73巻2号187頁
夫婦が離婚するに至るまでの経緯は当該夫婦の諸事情に応じて一様ではないが,協議上の離婚と裁判上の離婚のいずれであっても,離婚による婚姻の解消は,本来,当該夫婦の間で決められるべき事柄である。
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気を付けて頂きたいのは、不貞行為を理由とする不法行為責任を負うべき場合があること と 今回の離婚に伴う慰謝料を請求できるかどうかは別の話だということです。
ややこしいですよね
今回の事案は、不貞行為を理由とする慰謝料請求権が時効により消滅していたことから、離婚に伴う慰謝料請求権という形を生み出し、訴えた事案です。
このようにすれば離婚した時から時効が進行するので、なるほどよく考えたなと感心します。
しかし、最高裁は、離婚するかどうかは本来夫婦間で決めるべきことであって、原則として、離婚に伴う慰謝料請求をすることはできないとしました。
理論的ではあるような気がするのですが、ちょっと腑に落ちないのは、今まで不貞行為に伴う慰謝料請求の際に、不貞行為をきっかけとして離婚にまで至ったという事情は慰謝料の増額要素と考えられてきたという点です。
離婚したことによる慰謝料請求はできないのに、不貞行為の慰謝料請求において離婚したことを慰謝料額の増額要素とするというのは矛盾しているように思います。
ただ、常識的には、不貞行為から離婚まで発展したとなればやはり慰謝料の増額要素になるべきです。
今後は、不貞行為の慰謝料額を算定するにあたって離婚に至っていることを殊更に強調するのではなく、不貞行為発覚から離婚に至るまでの精神的苦痛というような形で少しオブラートに包んだ表現になっていくのでしょうか。
4.おわりに
このように離婚の慰謝料といっても非常に奥が深いのです。
多くの方はいくら支払ってもらえるのかという点が気になると思います。
金額の見通しを立てるためには、どのような経緯で知り合い、どのような経緯で結婚し、どのような経緯で不仲になったのか、未成熟子はいるか、不貞行為の期間・回数はどうか、証拠はどれくらいあるか、などいろいろな事情を考慮しなければなりません。
一度は愛した相手と離婚するということは相当な葛藤があることだと思います。お独りで悩まず、ご相談頂ければと思います。
未来のための第一歩を一緒に踏み出しましょう。
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